「読書しない読書会」- 人工知能から少し離れて

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「ご飯」が苦手

私は普段、誰かから「ご飯に行きましょう」と誘われた時に、曖昧な返事しかできない。他の誰かと食事することを考えると、途端に気が重くなる。

これは20代の頃から抱えていた問題で、自分だけのものだと思っていた。だが、最近、同じような悩みを持つ人が多く存在することを知った。

他人と一緒に食事ができない症状は「会食恐怖」と呼ばれる。会食恐怖は、社交不安障害の一種とされており、近年では、関連書籍も刊行されるようになった。

会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと [ 山口健太 ]
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外食の誘いを断り続けてしまうと、その人の社会生活にも、深刻が影響が及ぶ場合がある。会食恐怖を克服するには、基本的に、食事の場に少しずつ「慣れてゆく」ことが推奨される。

私も、なるべく症状を悪化させないために、知らない人との会合に徐々に参加するようにしている。

読書しない読書会

この週末、会食恐怖のリハビリの一環として参加したのが、「読書しない読書会」という、一風変わったイベント。普段から利用している「Peatix」に、おすすめとして表示されたので、試しに申し込んでみた。

このイベントは、三田剛広さんが主催するワークショップ、アクティ場の一種。この他にも、自由に4コマ漫画を描く「4コマワークショップ」や、インスタントカメラで写真を撮影する「撮ルンです」などのイベントがある。

「読書しない読書会」では、書店で、普段は足を運ばないようなコーナーに立ち寄って、自由に本を選び、それを選んだ理由を皆で共有し合う。本の内容を語り合う他の読書会とは、形式がかなり異なっている。

私も、少し不安はあったのだが、読書好きな人とであれば、会食も苦にはならないかと思い、チケットを購入してみた。

緊張の初対面

今回の会場は、池袋にある大型書店・ジュンク堂書店 池袋本店。だが、イベント開始前に、付近にあるカフェに集合するよう、事前にメッセージが届いていたので、まずはそちらに。

訪れたカフェの2階には、すでに参加者の方々が数名来ていたので、早速ご挨拶。しばらくして、10名全員が集合。参加者の男女比率は4:6で、年齢層は幅広い。中には、全41回を制覇中という、半ばスタッフ化している方も。

私にとって幸運だったのは、主催者の三田さんがあまりエネルギッシュではなく(失礼)、どちらかと言えば、内向的に見える方だったこと。

開始前は少し緊張されていたようだったが、「僕は元気がいっぱいです!」というタイプの方と話すのは、ちょっとパワーが要るので、個人的には有り難かった。

イベントの主旨に関する説明が行われた後、各参加者が向かう場所のくじ引きを実施。普段、立ち寄る階をあらかじめ避けて、くじを選ぶ。

私の場合、「文芸書」や「哲学」の階は除外。くじの結果、8F(語学・学習参考書・児童書)9F(芸術・洋書)を担当することに決定。

自由なひととき

ジュンク堂に移動した後は、各自それぞれの階に移動し、1時間好きなように本を選ぶことができる。これも私にとっては、非常に気楽だった。他の人のペースに合わせる必要がないので、気が向いた棚と棚の間を、自由に摺り抜けながら、本を手に取ることができる。

私がまず向かったのは、8Fの「児童書」のコーナー。普段は絶対に立ち寄らない区画なので、新鮮な感覚を味わえた。親子連れの家族の中で、独り、子供向けの書籍を眺めていると、不思議な気分になる。

海外の児童書の翻訳には、装幀が美しい書籍が多い。色合いも、淡く目に優しい。数冊を何気なく手に取って眺めていると、言葉遣いも大人向けの本とそれほど変わらず、抵抗無く読める物が多いことに驚かされた。

ここで私が選んだ本は、『ひとりじゃないよ、ぼくがいる』『レモンの図書室』の2冊。

ひとりじゃないよ、ぼくがいる (世界傑作童話シリーズ) [ サイモン・フレンチ ]
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レモンの図書室 (児童単行本) [ ジョー・コットリル ]
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冒頭部分を少しだけ読んでみると、両方とも「転校生」が登場し、偶然的なつながりを感じた。どちらも、物語が柔らかな温度に包まれている印象がした。

その後は、9Fの「芸術」の区画に移動。このフロアで私の目を惹いたのは、『はじめまして、ルート・ブリュック』

はじめまして、ルート・ブリュック
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フィンランドの芸術家、ルート・ブリュックを紹介した本で、彼女の作品が、数多く紹介されている。

正直、私は彼女のことを何も知らなかった。けれど、この本に収められた写真を眺めていると、私の生まれた街と同じ色の光が射しているように思えた。彼女の作品は、青と緑の彩色が美しい。それは、北欧という土地が生み出す、どこか昏く優しい空気が影響しているのかもしれない。

選択の理由

1時間は、あっという間に過ぎた。気に入った本の購入を済ませたら、ジュンク堂のすぐ傍にある「板前ごはん 音音」に参加者全員で移動。このお店は初めて訪問したが、和食店なのに内装が少し宇宙的(?)で、印象に残る。

ここで昼食を挟んでから、各自が選んだ書籍の紹介に移る。この段階では、私もかなりリラックスしていたので、食事については問題なく終えられた。隣に座っていた三田さんも食が細いようで、「いつも完食できないんです」と仰ったことに、内心ほっとしていた。

他の皆さんが紹介する本も、興味を惹かれるものばかりだった。「なぜその本を選んだのか?」という理由も、それぞれ異なり、面白かった。一見、普通の自己啓発書に見える本であっても、それを手に取った動機や背景を聞くと、深く腑に落ちた。

また、黄色い表紙の本が複数登場したのも、不思議だった。理工書のコーナーを訪れた方は、「化学の本には黄色い本が多い」と感想を述べていたが、もしかしたら、そうなのかもしれない。

以下、皆さんが選んだ本の中から、私が特に関心を抱いたものを紹介する。

元素生活 完全版 [ 寄藤 文平 ]
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「黄色い本」の1冊。この本を選んだ方は、会社の壁に元素記号表が貼られているそうで、無意識の裡に、元素に魅惑されていたのかもしれない。付録として、「スーパー元素周期表」が折り込みで付いている。三田さんによると、このような付録はコストが高くつくので、手間が掛かっているとのこと。

「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで (ブルーバックス) [ 平山 令明 ]
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三田さんの選書。最近、磁気を感じる能力が「第六感」として発見される、というニュース(人間の「第六感」は存在する 東大などの共同研究チームが発表)が報じられた。だが、人間の五感のうち、「嗅覚」については、あまり注目されたことはない。今後、グローバライゼーションが進み、体臭のような「香り」が交わってゆくと、世界はどのように変化するのか。

おいしい数学 証明の味はパイの味 [ ジェームズ・M.ヘンレ ]
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実際に、中身に目を通させていただいたけれど、過去に読んだことがない類の本。料理のレシピと数学の知識が代わる代わる出現し、どのように頭を動かせば良いのか、見当が付かない。「証明の味はパイの味」というのは、ジョークなのかどうなのかも判らない。「表紙がプリンみたいでおいしそう」という周囲の感想に、深く頷く。

人工知能から少し離れて

今回のイベントは、想像以上に面白く、また参加したいと思わせるものだった。「読書しない読書会」は、月1回の頻度で開催されているので、興味がある方は是非、次の機会に申し込んでみるのをお勧めする。

参加者に配布されるトートバッグもかわいい。

totebag

最近、郡司ペギオ幸夫さんの『天然知能』という書籍が、大きな話題を集めている。

天然知能 (講談社選書メチエ) [ 郡司ペギオ幸夫 ]
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私も普段は、人工知能のレコメンデーション機能を利用して、物品を購入したり、情報を入手したりすることが多い(「Peatix」も、まさにその例の一つだろう)。

けれど、時には、人工知能から少し離れて、1.5人称の視点から、世界を志向することも良いかもしれない。「読書しない読書会」のような行為を、自分自身で発明できないか。そんなことに、緩やかに思いを巡らしてみた週末だった。







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