念願の受賞
2019年5月6日、「第22回 日刊スポーツ・ドラマグランプリ」の助演男優賞の結果が発表された。
受賞者は、『おっさんずラブ』で牧凌太役を演じた林遣都。
林遣都「おっさんずラブ」ドラマGP助演男優賞受賞 #林遣都 #おっさんずラブ #日刊スポーツ・ドラマグランプリhttps://t.co/saFCKp56n1
— 日刊スポーツ (@nikkansports) May 5, 2019
この賞は、一般視聴者からの投票によって受賞者が決まる。林遣都への総投票数は707票で、2位以下に大差を付けた。
若手実力派俳優として、これまで確かな実績を積み上げてきた彼。だが、意外にも、役者として賞を獲得したのは、デビュー作である『バッテリー』以来のこと。
今回の受賞を知った私は、近所のセブンイレブンで、生まれて初めて「日刊スポーツ」を購入した。
そこには、この結果を素直に喜ぶ、彼の笑顔があった。
その表情を眺めていたら、自分でも気づかない内に、涙がゆっくりと零れた。
成功の鍵
『おっさんずラブ』(Ossan’s Love、以降『OL』と略す)は、「日刊スポーツ・ドラマグランプリ」を含む、2018年度の主要な賞(作品賞・個人賞)を、ほぼすべて獲得している。
特に、春田創一役で主演を務めた田中圭は、圧倒的な注目を集め、放送終了後、数多くのドラマやCMに出演することになった。
だが、林遣都について、表立ってその演技が評されることは多くなかった。
黒澤武蔵役の吉田鋼太郎が、その豊かな表現力で、複数の賞を手中に収めたのと比較すれば、余りにも静かな印象だった。
しかし、OLという作品の中で、牧凌太が果たした役割は、決定的だと言える。
撮影開始前、田中圭は林遣都に対して、「『おっさんずラブ』が成功するかどうかは、牧にかかっている」と宣言した。
その言葉通り、OLを観た多くの人々が、牧の心情に同化し、当初の想定を遥かに超える大ヒットに結実した。
新たなライバル
OLは、2016年に、単発版が放送されている(テレビ朝日の「年の瀬恋愛ドラマ」企画の一部として制作された)。
この単発版では、落合モトキが演じる長谷川幸也(ハセ)が、部長のライバル役として登場している。
ハセは、少し気弱ながらも、穏やかで優しいキャラクターが、視聴者からの人気を集めた。
そのため、連続ドラマ版でのキャスト変更が発表された際、一部のファンから、疑問の声が上がったのも事実。
私も、ハセから牧への交代を知った時には、正直複雑な心情を抱いた。当時は、林遣都を「演技が上手な若手俳優」程度にしか認識しておらず、内心、外見重視で選ばれたのかとも勘繰っていた。
けれど、そのような私の予想は、ドラマの放送開始後に、大きく覆されることになる。
シャワーキスの衝撃
最初に驚かされたのは、1話ラストでの「シャワーキス」の場面。ここで牧は、営業日報に綴られた武蔵の想いを目の当たりにし、春田への気持ちに目覚める。
浴室の扉を開けて牧が発したのは、「好きだ」「春田さんが巨乳好きなのは知っています……でも、巨根じゃダメですか」という台詞。
同様の台詞は、単発版にも存在した。ハセはこの言葉と共に春田へ迫った後、冗談だと告白し、笑い飛ばす。どちらかと言えば、コメディ色の強い場面。
だが、林遣都は、この台詞の意味について、真剣に悩み抜いた。
なぜ、「好きです」ではなく「好きだ」なのか。なぜ、普段は冷静な牧が、この場では衝動的な行動を取ったのか。
演出の問題上、撮り直しが困難な場面。本番の前、深く集中した彼は、すでに林遣都ではなく、牧凌太として、そこに存在していた。
牧からのキスを受けて、激しく困惑する春田の表情。それを見た私は、この物語の中で、想像とは異なる「何か」が始まっていることを予感した。
目の演技
続く2話は、OLにとって非常に重要な回となった。春田、武蔵、牧の三者が入り組んで格闘する「キャットファイト」の場面は、多くの人々を虜にした。
その後、居酒屋「わんだほう」で、春田と口論する牧。感情を露わにした林遣都の「目の演技」は、視聴者だけではなく、本作のプロデューサー・貴島彩理にも衝撃を与えた。
その彼女が、「牧に号泣させるシーンを」と提案して生まれたのが、あの6話の結末。(「アラサー女性Pに聞いた「おっさんずラブ」怒涛の最終回と制作秘話」)
林遣都は、視線の方向性(sens)だけで、映像に意味(sens)を与えることができる。
6話の放送終了後、ツイッターでは、「#おっさんずラブ」のハッシュタグが、世界トレンド第1位に躍り出た。
もし、牧凌太を演じたのが林遣都でなかったとしたら、『おっさんずラブ』という物語は、どのようなものになっていたのだろうか?
役への没入
OLへの出演後、林遣都の人気は急激に上昇し、過去作品にも注目が集まった。
私も、いくつかの作品を観たが、そこで抱いた感想は、「他のどの物語世界にも、牧凌太は存在しない」というものだった。
近年は「カメレオン俳優」という形容が、多彩な人物を演じ分ける役者に対して、頻繁に使用される。
彼ら/彼女らの多くは、役柄に合わせて体重を増減させるなどして、外見を自在に変容させる。もちろん、演技への、そのような真摯な取り組みは、尊敬に値する。
しかし、林遣都の場合は、役への没入の仕方が、非常に特異だ。
彼が他の人物を生きる時は、その鼓動の速度から変えているように思う。その身体を揺らす呼吸が、別人のものになる。
『火花』の徳永太歩、『チェリーボーイズ』の国森信一、『HIGH&LOW』の日向紀久。彼らの顔を注意して見詰めれば、全員が「林遣都」という存在を共有していることは判る。
だが、それぞれの人物が放つ、魂の色のようなものは、異なっている。
重なる記憶
OLにおいて、牧凌太は、余りにも自然な姿で、物語世界に佇んでいる。
クロースアップで多様な表情を魅せる春田創一や、強烈な声量で愛を叫ぶ黒澤武蔵に比べれば、その印象が薄いと、感想を述べる人々もいた。
しかし、林遣都は決して、ありのままの姿で、そこに居る訳ではない。むしろ、林遣都は、牧凌太に全く似ていない。
牧凌太を、『にがくてあまい』の片山渚と対照させれば、林遣都の実力は判然とする。
この二つの役には、複数の共通点がある。けれど、両者を見較べても、完全なる別人としか思えない。
林遣都は、登場人物から特定の「属性」を抜き出して、類型的な演技を行うことはしない。彼の中で、すべての役は、個別の過去を生きて、独自の記憶を重ねている。
嘘と真実
OL全話の撮影を終えた後、林遣都は、田中圭と肩を組んで笑顔を浮かべた。この時の彼は、牧凌太の衣装を身に着けた林遣都だった。
まるで人格自体が交替したかのように、牧凌太はどこかへと、その姿を消した。
『おっさんずラブ 公式ブック』で、林遣都は「僕のやるべきことは、演じる人物が実在するように見せること」だと語る。
林遣都が今回の受賞インタビューで述べた「大きなうそ」の意味は、敢えて説明しなくても理解できる。
それは、牧凌太の真実を、現実世界へと映し出すために必要だった。
私にとって、牧凌太は実在する。その思いは、これまでも、これからも、おそらくずっと変わらない。
鼓動の加速
先日公開された劇場版のメイキング映像で、牧凌太は、私たちの前に再度その姿を現した。
柔らかな空気を纏う彼は、間違いなくあの牧凌太で、過去の空白を、全く感じさせなかった。
2019年8月23日、林遣都と牧凌太、ふたりの鼓動が加速する時、私たちはまた、彼に会うことができる。
今から、その瞬間が待ち遠しい。
牧愛に溢れた内容ににまにましながら読ませていただきました。
私も林遣都を好きという訳ではなく彼の演じる人物にやられ続けています。
目の演技、まさしくその通りです。そして、私は口元の演技の凄さにも参ってしまっています。
今期大好きなドラマの「きのう何食べた」で、「うち来る?」と言われた後の内野聖陽さんの口元の演技を見て思い出したのが、OLのBHシーンの後の牧君の口元のリアル感でした。本当に驚いたらこうなるよね。
付き合って下さいの後の春田の『はい』を受けてほんの少しだけ口を開く事で感情を表し、『牧が好きだー』と言われた時に驚きの中に隠し得ない喜びを軽く緩む口元で表す。最後のキスの唇が触れる瞬間に少し開く唇。
目、口、6話の洗濯物の上で動く指先までも、とにかく、内分泌代謝レベルから役になりきらないとあの表現は生まれないですよね。牧君を演じてくれて私も心から林遣都さんに感謝しています。
>アテルイさん
コメントありがとうございます。そう、あの言葉にならないものが込み上げてくる瞬間の口元。5話の告白の後の、自然な感じが好きです。わかりやすいキャラクターとしてではなく、一人の人間として牧凌太を生きてくれた林遣都さんには、感謝の気持ちしかありません。