君に会えてよかった
その時、歴史は動いた。
『おっさんずラブ』2019年版の製作決定が、公式ツイッターアカウントから正式に発表された。
#おっさんずラブ
2019プロジェクトが始動したお🔥いつも温かなご声援、心からありがとうございます🌸
皆さまにまた楽しんでいただけるように、誠心誠意…🙇♂️
映画もドラマもがんばるお🍀応援して頂けたら嬉しいです😭
詳細は決まり次第、きちんとお伝えさせて頂きますッ‼️#君に会えてよかった pic.twitter.com/FIBWGYu7g6— 【公式】「おっさんずラブ」アカウント (@ossans_love) January 26, 2019
2018年、私はこのドラマに夢中になった。それは、人生の一部を捧げたと、自信を持って言い切れるほどに。
『おっさんずラブ』という社会現象
『おっさんずラブ』(Ossan’s Love、以降『OL』と略す)は、2018年にテレビ朝日で放送された、全7話の連続ドラマである。
2016年に放送された単発版の好評を受け、貴島彩理(プロデューサー)、徳尾浩司(脚本)、瑠東東一郎(演出)を中心とするスタッフが、連続ドラマ版の制作を引き続き担当した。
OLの主人公は、田中圭が演じる春田創一。春田は、天空不動産東京第二営業所に勤務する、サラリーマン。春田と、後輩の牧凌太、上司の黒澤武蔵の三角関係を中心として、前代未聞の「ピュアなラブストーリー」が展開する。
OLは、2018年の主要な賞を総嘗めにした(第12回コンフィデンスアワード・ドラマ賞作品賞、第97回ザテレビジョンドラマアカデミー賞最優秀作品賞、東京ドラマアウォード2018グランプリ など)。また、「おっさんずラブ」は、2018年度の新語・流行語大賞のトップテンにランク入り。
まさに「社会現象」と言えるレベルで、本作の人気は、日本中を席巻した。
表象としてのOL
私は、まるで生命を支配されたかのように、OLを繰り返し、繰り返し観た。そして、いつからか、OL考察班の一員として、この作品が私たちをここまで惹き付ける理由を考えるようになる。
きっかけは、インターネット上で読んだOLの評論(「おっさんずラブ」が低視聴率でもブームになった理由)だった。
ここでは、30代後半-50代前半の独身女性が、ドラマに感情移入する理由が、どちらかと言えば外在的に論じられており、「私はおっさんなので、残念ながらおっさんずラブのターゲットではない。」という言葉と共に締めくくられていた。
私は、この文章を読んで、それは違う。と思った。直観的に、私は、表象文化論の観点から、この作品を論じなくてはならない、という強い義務感に襲われた。そして、ツイッターを使用して、OLについて語り始めた。
このブログを立ち上げたそもそもの理由に、OLについての考察を纏め、形として残しておきたかったということがある。
なぜ、OLが私たちを強烈に惹き付けるのか。この問いに対する回答は、簡単には用意できない。ただ、私たちの考えを少しずつ書き留めていけば、モザイクの欠片を一つずつ繋ぎ合わせるようにして、いつか朧げに、その姿が現れるのかもしれない。
以降、この文章については、読者が『おっさんずラブ』(2018年版)の全7話を、すでに視聴していることを前提として書く。そのため、ネタバレは含まれる。また、登場人物の台詞等については、『おっさんずラブ シナリオブック』から引用した。
1年の跳躍
OLが広く社会現象化した理由について、6話の結末を抜きにして考えることはできない。
5話以降、牧凌太との交際を開始し、牧の両親への挨拶も済ませた春田創一。だが、幼馴染みである、荒井ちずから告白を受け、ちずを思わず抱き締めた所を、偶然通りがかった牧に目撃されてしまう。その直前に春田の母と邂逅し、春田との関係について苦悩していた牧。心が引き千切られるような痛みに抗いつつも、牧は春田との別れを決断し、「俺は、春田さんのことなんか、好きじゃない」と春田に言い放つ。
牧に突き飛ばされ、呆然と涙を流す春田の姿に、春田自身による語りが重なる。そして、突然、物語世界の時間は「1年後」に跳躍する。やがて、春田家の台所で朝食を作る黒澤武蔵の姿が映し出される。
笑顔で武蔵の挨拶に応える春田。春田はなぜか、部長と同棲していた。
この予想外の結末は、視聴者を激しい混乱の渦に陥れた。私も6話をリアルタイムで観ていたが、何が起きたのか、一瞬理解できなかった。この展開に対するOL民(OLの熱心なファンはこう呼ばれる)の反応は凄まじく、ツイッターでは瞬く間に、「#おっさんずラブ」のハッシュタグが、世界トレンド第1位に浮上した。
これは別の記事で詳述するが、OLの人気を急速に高めたのは、林遣都が演じる牧凌太の存在が大きい。林遣都は「牧凌太」というフィクショナルな存在を、その類稀なる演技力で現実化してみせた。大多数の視聴者は、春田と牧が結ばれることを渇望していた。
だが、6話を通じて牧の心理に同化していた視聴者は、この結末で、完膚なきまでに打ちのめされた。
「このような感情を抱えたまま、あと1週間も生き延びなければならないのか」
6話終了後の1週間は、後に「地獄の1週間」と称されたほど、視聴者の現実にも深刻な影響を及ぼした。ツイッターのタイムラインは荒れ、公式インスタグラム「武蔵の部屋」に口撃する者まで現れるほどだった。
このように、OLという物語は、6話と7話の間に深い断絶が存在する。この急展開に対しては、当初、「限られた話数の中で、ストーリーを無理やり短縮した」といった意見もあった。
だが、私は逆に、この断絶にこそ、OLという物語世界の謎を解き明かす鍵があると考える。
春田M/春田N
私がOLを繰り返し観る中で、どうしても避けられない疑問があった。それは、「春田創一の語りは信頼できるのか?」というものである。
OLは全話を通じて、春田創一の「語り」が頻繁に挿入される。だが、よく注意して観察すると、この「語り」が、2種類の様態に分かれていることがわかる。
この区分は、『おっさんずラブ シナリオブック』では、春田Mと春田Nとして表記されている。
表記 | 様態 | 語りの主体 | 映像上の表現 |
---|---|---|---|
春田M | モノローグ | 「登場人物」の春田創一 | 近景(春田のクロースアップ・ショット) |
春田N | ナレーション | 「語り手」の春田創一 | 中景・遠景 |
春田Mは、登場人物としての春田の感情が、主にコメディタッチで表現され、田中圭の豊かな表情が、クロースアップで同時に映し出される。それに対し、春田Nは、物語世界と、どこか距離を取っているように感じられる。
このように、春田創一は、「登場人物」と「語り手」が二重化した存在だと言える。
OLは、この2つの語りの審級が、巧妙に交叉しながら進行する。映像を一度視聴しただけでは意識できない、この不鮮明な差異。
この春田の「語り」を言説として分析すると、どのような物語世界が視えてくるのだろうか。
ルームシェア
1話、居酒屋「わんだほう」からの帰り道に偶然、牧と遭遇した春田。この後の別れ際で、春田は牧を「ルームシェア」に誘う。ここで挿入される語りに着目する必要がある。
春田Nは、「この何気なく誘った一言が、後に俺の人生を大きく揺るがすことになる」と告げている。
将来の出来事をあらかじめ語ることを、物語論では「先説法」と呼ぶ。ここから、「語り手」の春田が、物語世界内の未来から、この経験について語っていることがわかる。彼は、自身の記憶から、この場面を選択している。
叙述の速度
OLは2018年4月21日に放送が開始され、物語世界内の時間も、2018年4月から動き出している。
回を重ねる毎に、視聴者は、現実世界と物語世界の時間が同じように流れていると認識する。だが、すでに述べた通り、6話の結末から7話の間に、時間の大きな跳躍があったことが、視聴者を驚かせた。
しかし、注意しながら映像を観ると、6話以前から、物語世界の時間が、「語り手」の春田に支配されていることが確認できる。
5話。春田と牧の「バックハグ」が発生してから数日経過した後、春田Nによる語りが挿入される。
「俺と牧が付き合う?ことになって、数日が経った。……あの日以来、俺たちの間で、一体何が変わったのだろう?」 ここで、「語り手」の春田は、モノローグであるかのように語り、牧と付き合い始めてからの数日間を叙述で省略している。
ミメーシスとディエゲーシス
物語論では、登場人物の会話を直接再現することを「ミメーシス」と呼び、地の文として叙述することを「ディエゲーシス」と呼ぶ。語り手は、両者を使い分けながら、より多く語ることもできるし、より少なく語ることもできる。
OLにおいて、「語り手」の春田は、1話から6話までの時間を費やして、牧との記憶をミメーシスで描写している。5話ラストの「追いかけっこ」の場面などは、春田と牧の会話が特に詳細に再現されている。
それに対し、牧と別れてからの1年間は、ディエゲーシスで叙述されている。部長との同棲については、費やした時間と比較して、内容がほぼ描写されておらず、大幅に要約されている。
この叙述の速度の対比から、「語り手」春田の牧に対する強い想いが、影絵のように浮かび上がる。
語りの揺らぎ
7話の冒頭で、春田Nは、合コンに参加しても新たな出会いがないことを嘆く。この言葉で思い出されるのは、1話での、牧との出会いの場面。ここで春田Nは、「いつか運命の恋に、巡りあえると信じているから」合コンに参加していると述べている。春田Nは、この合コンが持つ、特別な一回性を強調していた。
そして、決定的なのは、2話、春田が牧を探して夜の街を走る場面。ここでは、春田Mと春田Nの語りが揺らいでいる。
初めの「なんで走ってんだ俺……」という台詞は、春田Mによるモノローグであり、「登場人物」春田の視点から語られている。「登場人物」としての春田は、この時点では、自身の牧への感情を理解できていない。
だが、その後、「確かに、牧との生活は楽しかった……」と回想するのは、春田Nだ。「語り手」春田は、「ただ、牧が男だから、ダメなのか?俺は……俺は……」と、牧の想いを受け止められなかったことを、深く後悔している。
この言葉の後、ただちに、「俺はロリで巨乳が好きなんだよーー!!」という春田の絶叫に繋がるが、この間には、語りの亀裂がある。春田Nは、自らの記憶からこの場面を描写し、過去の自分自身の行動を責めている。
重なり合う存在
春田創一は、時に、「信頼できない語り手」として私たちの前に現れる。「語り手」の春田は、牧凌太と武川政宗の関係性について知っているが、途中まで、それを隠し、想像的/創造的に抵抗していた。
だが、それには、理由があった。
7話のラスト。牧からのキスを受けた後に反転する春田。ここでの最後の台詞は、「登場人物」の春田から発せられたようには聞こえない。これは私の完全なる想像だが、ここは、「語り手」の春田が、物語世界内に現出した場面なのかもしれない。
「春田創一はいつから牧凌太を愛するようになったのか?」という問いに対して、私は「初めからだ」と答えることができる。
牧凌太に対する愛を知った春田創一。彼によって語られた物語が、『おっさんずラブ』なのだから。
続編の視点
OLは、ドラマの続編に加えて、映画が年内に公開されることが決定している。
これらの物語は、どの視点から、語られるのだろうか。
別の記事で今後論じるが、2018年版の本編では、牧の内面に焦点化しないことで、逆説的に、視聴者が牧の心理に同一化する現象が起きていた。
今度は、牧の視点から、世界が語られるという可能性もある。現時点では、すべてが推測の域を出ないが、素晴らしい製作陣の皆さんによる、自由なアイディアに期待したい。「地獄の1週間」を耐え抜いた私には、もう怖いものはないのだ。
まさにゆれる心を描写する最高のシーンですね。春田が牧を探すところ
興味深く読ませていただきました!
興味深く拝読致しました。私は春田に二つの人格を感じていました。ラストしかり、バックハグしかり、ちずに『春田も好きなの?』と聞かれて答えた時も、もう1つの人格が垣間見えました。生い立ちからか何なのかはわかりませんが。すみません、そんな視点もあったらなどと思いました。
[これは私の完全なる想像だが、ここは、「語り手」の春田が、物語世界内に現出した場面なのかもしれない。]
ゾクゾクしました。そうかもしれない。この考察読んで再度見るとより感動します。何度か読ませていただきます。ありがとうございます。
常々考えていたことであり、大変興味深く拝見しました。
私は2話が圧倒的に好きなのですが、春田が牧を追いかける場面に強烈に惹かれたのは、登場人物(今視点)と語り手(過去視点)が絶妙に揺らいでいるせいなのだとよく解りました。
ラストの春田の台詞に語り手が混ざっているというご意見には膝を打ちました。
今後の考察も楽しみにしております!
みなさま、コメントいただき、ありがとうございます。
弓矢雅彦さん
そうですね。『Revival』は本当にOLの主題歌に相応しい。。。歌詞から色々な想像が膨らみます。。。
cha_ko (@kazuchako) さん
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
Saraさん
私も、春田には2つの人格があると思います。おそらくそれは、田中圭さんのパーソナルな部分が関連しているような気がします。またいつかこの点については触れます。
みっけんさん
ありがとうございます。これは本当に個人的な感想だったのですが、共感していただけて嬉しいです。
OL2話な星見る振りさん
私も、この揺らぎが素敵だな。。。と。。。2話良いですよね。前半の山場ですし。意外と謎が多い回でもあります。
文章の作り方とか表現の仕方とかから見ると、これは未来の春田が牧を好きになって、両思いになるまでのことを回想しながら語ってくれた物語と言うことになるのでしょうか?全く思い付かなかった新しい視点の考察で、まだOLには私の知らないことがあるんだなぁと感動してます。改めてラストの春田の台詞を聞くと、ずっと過去の自分の行動をもどかしく見ていた語り手の春田が物語内の春田にとって変わって現れたんだなと感じました。キスひとつであわあわしていた人とは思えないぐらいにスマートに牧にキスしに行ってるのは、語り手春田が現れたからなんだとすれば、凄く納得です。素晴らしい考察をありがとうございます✨
ももはな (@MomohanaTe2) さん
コメントありがとうございます。これは個人的な考えなので、何が正解というのはありませんが、さまざまな捉え方ができるその奥行きが、OLの最大の魅力なのだと思います。