「仮想」と「現実」の間に視えた奇跡・春田創一/田中圭【おっさんずラブ】

boat

「はるたん」とは

普段ドラマを観ないという人でも、「はるたん」という名前は、一度は聞いたことがあるのではないだろうか?

「はるたん」こと春田創一は、2018年にテレビ朝日で放送された連続ドラマ、『おっさんずラブ』(Ossan’s Love、以降『OL』と略す)の主人公。

春田創一は、天空不動産東京第二営業所で働くサラリーマンで、上司の黒澤武蔵(吉田鋼太郎)と後輩の牧凌太(林遣都)から同時に告白され、心が激しく揺れ動く。

春田創一と田中圭

物語の中で、春田の人物像については、具体的な説明がない部分が多い。そのため、下手をすれば、春田が、他の個性的な役に囲まれて、凡庸な存在になっていた可能性がある。

だが、主演を務めた田中圭は、「春田創一」という人物を、文字通りゼロから創り上げた。

「東京ドラマアワード」「ザテレビジョンドラマアカデミー賞」の両賞で主演男優賞も獲得し、OLは、自他共に認める、彼の代表作になった。

この記事では、春田創一と田中圭という、「仮想」「現実」の間に視えたものを、断片的に、書き留めておきたい。

役を生きる

OLの特徴として、台本上の演技が終わった後も、カットをかけずに撮影を続行しているという点がある。

これは、座長としての田中圭が、スタッフや俳優陣と取り組みながら、現場で生み出したものだ。

プロデューサーの貴島彩理がインタビュー(【おっさんずラブ】の舞台裏、貴島彩理プロデューサーが明かす――「『あげないよ』は遣都さんのアドリブです」)で語っている通り、SNS上で話題になった春田と牧のやり取りは、そのほとんどがアドリブであることが知られている。

6話ラスト、牧が春田に別れを告げる場面は、彼女が、田中圭と林遣都への「挑戦状」として用意したもの。

収録に立ち会っていた彼女は、「これは春田と牧なのか、圭さんと遣都さんなのか、見ている私も分からなくなって『今すごいものを撮っているな』ってゾクゾクしました。」と、当時の記憶を振り返っている。

フィクションとシミュレーション

田中圭がOLにおいて採用した手法は、「シミュレーション」と呼ばれる。

「フィクション」が、虚構の世界を再現しようとするのに対し、「シミュレーション」は、その場で生まれる一回性を強調する。

虚構の形而上学 「あること」と「ないこと」のあいだで [ 中村靖子 ]

created by Rinker

2016年の単発版に引き続き脚本を担当した徳尾浩司は、『TVBros.2018年8月号』の中で、制作開始前に行われた、田中圭との議論について語っている。

田中圭は、「なぜ春田創一は、周囲から愛されるのか?」と、真剣に問い続けていた。

そして、連続ドラマ版の春田創一は、単発版の春田創一とは、異なる道を歩むことになる。

「家」に関わる仕事

春田は、天空不動産の営業部員として働いている。なぜ、春田は、この「家」に関わる仕事を選択したのだろうか?

2話。屋上での武蔵との会話の中で描かれる、10年前の春田。ここは、春田の過去が描写される数少ない場面。

新入社員の春田は、とある家族の問題に直面する。家を売ろうする娘夫婦に激怒する主人。その間で板挟みになる春田は、辛抱強く、主人の元へと通い続ける。

主人はある日、亡くなった妻が愛した木の下で、想い出を語り出す。その話を聞き、涙を流す春田。

なぜ、春田はここで泣いているのか?「お人好しだから」という理由は、妥当だろうか。

3話。深夜に春田を呼び出した蝶子。武蔵との離婚を考える彼女は、「君って本当に、お人好しね」と春田に告げる。その言葉に、春田は慟哭し、否定する。

ここで春田は一瞬、「何か」を言いかけているように見える。

なぜ、武蔵と蝶子の問題が、春田の心をここまで激しく衝き動かすのか?

家族の留守

ウラジミール・プロップは、『昔話の形態学 (叢書 記号学的実践)』の中で、ロシアの昔話の構造を分析し、そこに31の機能があると主張した。

OLは、数多の昔話と同じように、「家族の成員の一人が家を留守にする」ことから物語が始まる。

1話。春田の母は、「ATARU君と輸入雑貨のお店を始めます」と書き置きを残し、突如、家を出てしまう。帰宅した春田が発した「ただいま」は、行き場を失い、宙吊りにされる。

この後、物語を通じて、「ただいま」「おかえり」という対話が、波の音のように、繰り返し響き続ける。

繰り返される風景

2話。「わんだほう」での牧との口論の後、自宅に戻る春田。そこに、牧の姿はない。春田は、牧が作ったカレーを食べ、独り言を呟く。そして、牧を探しに、夜の街へと飛び出す。

4話から5話へ。春田家の玄関で、春田と牧の「バックハグ」に遭遇した、幼馴染みの荒井ちず。ちずと春田の間で交わされた対話は失敗し、ちずは、思わずその場を飛び出す。

春田に渡されなかったケーキ。ちずは、夜の街でそれを食べ、独り言を呟く。

なぜ、この風景は「繰り返されている」のだろうか?

「父の不在」

「語り手」の春田創一が、自身の過去について言及することは、ほとんどない。

「ゾイド」や「虫捕り網」などの、春田家に遍在するものが、ただ僅かに、彼の過去を垣間見せている。

物語が進む中で、否応無く、気づかされる事実がある。

春田創一の「父」が、表象されないこと。物語の中には、「父の不在」が、存在しない

変容する視線

OL民(OLの熱心なファンはこう呼ばれる)の間で、春田と武蔵の関係性が話題に上がることはあまり多くない。物語の最後で、春田と結ばれたのは、武蔵ではなく牧だった。

だが、春田と武蔵の関係性の変化は、春田の人生に決定的な影響を及ぼしている。

1話。天空不動産の営業所で、ブラインド(jalousie)越しに春田と牧の会話を覗く武蔵。この場面では、武蔵の嫉妬(jalousie)が表現されている。

それに対し、7話。牧と別れた春田が落ち込む姿を、同じくブラインド越しに覗く武蔵。その視線の意味は、明らかに変容している。

この後、武蔵の存在が、春田を「1up」させることになる。

「声」の行方

牧が去った後の春田家で、春田との同棲を開始した武蔵。春田は、戸惑いつつも、武蔵との生活の中で、自分自身の内に「何か」を取り戻してゆく。

春田の上海赴任が決定した後、武蔵は自身の人生を見つめ直す。会社を早期退職し、春田と共に過ごす未来。

しかし、武蔵は、春田に手紙を書く。

夜、一人でその手紙を読む春田。映像に重なる武蔵のは、春田の想像による再現である。

この武蔵=春田の声は、手紙に書かれた内容を、正確に読み上げてはいない。

「会社では上司と部下、家では恋人同士 色々大変なこともあったでしょう。」

春田はこの一文を、無意識の内に省略する。

二人だけの「結婚式」

全てを悟っていた武蔵。彼は、二人だけの「結婚式」に臨み、春田を牧の元へと送り出した。

旅立とうとする牧を引き留め、プロポーズした春田。そこには、かつて春田に告白した、武蔵の姿が重なっていた。

昔話と同様に、最後に「主人公は、結婚する」

牧の「ただいま」は、春田の「おかえり」を呼び戻した。

田中圭の告白

『週刊現代(2018年9月1日号)』でのインタビューで、田中圭は、自身の家庭環境を語った。

幼くして両親が離婚し、母子家庭で育ったこと、そして、その母が2018年初めに他界したこと。

最愛の家族を亡くした彼が、巡り合った主演作品。それが『おっさんずラブ』だった。

「ここ数年、現場で出てくる言葉こそが、生きた言葉なんだろうなと思っていたんです。」

田中圭は、折り重なる想いを抱えながら、OLで、新たな挑戦をした。

OLの物語世界は、田中圭が春田創一として生きたことで、生まれた。そこには、確かに、春田創一の家族がいる。

それは、彼にとって、決して架空ではない、本当の家族なのだと思う。

「結婚式」の場面で、春田創一は「父」と出会っていた。その時の田中圭は、私たちに、あるがままの表情を見せた。それは、単なる「演技」ではなかった。

春田創一と田中圭は、お互いを分かち合う存在として、他の誰にも成し得ない奇跡を、実現している。

続編で、春田と牧が「家族」になる過程は、どのように描かれるのだろうか。

次回は、牧凌太の視点から、その点について想像してみたい。







2 件のコメント

  • 素敵な読み物をありがとうございます。感想を送りたいと思っていたのですが私の拙い言葉が恥ずかしくて書いては消しを繰り返しておりました。「おっさんずラブ」以外も興味深く読ませて頂いています。ヤシオ ユアンさんのブログは風景がうかび、香りが漂って来ますね添付されているお写真はご自分で撮影されたものでしょうか?内容と遠い様な近い様なそれが又想像を掻き立てます。OLについてはそんな視点もあったのかとびっくり録画を観直しました。
    パレレルワールド、素数、心理学、なども好物ですので機会があったら触れて頂けたら嬉しいです。

  • 春田んちのテーブルクロスさん;
    コメントありがとうございます(ツイッターも拝見しています)。
    いえいえ、文章については素人なので、あまり読ませられるものでもないのです。。。
    写真は才能がないのでw 著作権フリー画像を使用していますが、直感的に選んでいるでしょうか。。。
    今後も色々と無節操に文章を書こうかなと思います。

  • Leave a comment