私たちが、家族である/になるということ【ゲンロン】

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深夜の応酬

先日、深夜にツイッターを眺めていたら、東浩紀さんが、自らの男性性に関して、ツイートを連続して投稿していた。

それに対し、千葉雅也さんが、「怒り」を表明し、そのやり取りについて、話題になった。

東さんと千葉さんは、どちらも、現代思想の研究で著名な哲学者である。

東さんは、ジャック・デリダを論じた『存在論的、郵便的-ジャック・デリダについて』で第21回サントリー学芸賞を受賞した後、『動物化するポストモダン-オタクから見た日本社会』で、日本の「オタク」を巡る生を扱い、その名が一躍世間に知れ渡る。

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書) [ 東浩紀 ]

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千葉さんは、ジル・ドゥルーズを専門とし、『動きすぎてはいけない-ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』で、 第4回紀伊國屋じんぶん大賞、第5回表象文化論学会を受賞した後、一般読者向けに刊行された『勉強の哲学-来たるべきバカのために』がベストセラーになった。

勉強の哲学 来たるべきバカのために [ 千葉 雅也 ]

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この両者の間に、鋭い対立をもたらしたもの、それは「家族」だった。

沈黙の後に

この深夜の応酬が行われた後、ゲンロンカフェで、千葉さんの『欲望会議』と、三浦瑠麗さんの『21世紀の戦争と平和』の刊行を記念した、対談イベントが開催された。

このイベントは、チケットが非常に入手困難だったため、私はニコニコ動画での放送を視聴した。

イベントの最初で、東さんはほとんど会話に参加していなかった。本人は「調子が悪い」と述べていたが、おそらく、千葉さんとのやり取りが、影響していたのではないだろうか。

だが、議論が進む中で、「家族」が話題に挙がった瞬間、東さんと千葉さんとの考え方の違いが鮮明に浮かび上がった。

「家族」の歴史

東さんは、「時間性」を問題にしていた。権力に抵抗してゆく際に、一時的に「連帯」して、その直後に「解散」するような集合体。そのような時間性を帯びないものが、果たして有効に機能するのだろうか。

この問いは本質的であり、その答えとして東さんが「家族」という概念に辿り着いたのは、必然的だったとも言える。

ハイデガーに代表されるように、哲学者は、歴史的に「死」に注目してきた。だが、私たちが「いまここ」に在るのは、言うまでもなく、生殖による結果である。人間が「生」を無視することはできない。

私たちは、「家族」を通じて世界へと産み落とされる。そして、私たちが家族「である」ことの背景には、つねに、家族「になる」ことの歴史がある。

東さんは、この「家族」という言葉を、敢えて使い続けることで、それを脱構築しようと試みる。

「系譜」からの逃走

東さんは終始、言葉を慎重に選びながら、自らの考えを紡ぎ出していた。

「家族を持つ男性異性愛者は、発言しにくい」と東さんは言う。自分自身は、「男性」の「異性愛者」であるという出自を逃れられない。その東さんが発する言葉は、行為遂行的に「規範性」を帯びる。

千葉さんは、その「規範性」に敏感に反応した。千葉さんは、共同体を「家族」として名指すことに、直観的に抵抗を示す。このイベントの中で、千葉さんは最後まで、東さんと完全には軌を一にしなかった。

「家族」という概念には、異性愛的生殖による父権的な「系譜」の維持が含まれる。それに対して、千葉さんは疑問を解消できない。

子供の哲学

今日、千葉さんはツイッターで、自身の考えを連続して投稿した。彼の率直な言葉に、私は、心の奥底にある部分が、固く握り締められるような感覚を得た。

独身者は決して、「家族」の磁場から自由である訳ではない。LGBTが「カムアウト」することに伴う苦しみは、なぜ実在するのか。

「家族」とは異なる関係性の概念を発明すること。「親」の立場から語る東さんに対して、千葉さんはそれを「子供の哲学」と呼んだ。

もうひとつの「かたち」

私は、千葉さんに対して、当事者として、特別な想いを抱いている。ポリティカル・コレクトネスを批判的に論じ、世界をクィアに眼差すその視線は、他の人にはない。

『新潮45』で杉田水脈論文を巡る騒動があった際も、私は千葉さんの意見に深く頷いていた。(千葉雅也&三浦瑠麗 『新潮45』杉田水脈論文に隠された本当の意味

いつか千葉さんは、「家族」ではない、私たちの「かたち」を、発明するのかもしれない。

私には、「家族」になれなかった人がいる。その人と私は、何になら、なれたのだろうか。

この問いに対して、千葉さんに答えを期待するのは、望みすぎだろうか。







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