想像の余白が映すマルチバース・「第三の男」武川政宗【おっさんずラブ】

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鋭い眼光

私は、知的な眼鏡に弱い。

以前の記事(イケメンDJ國分功一郎先生からスピノザの『エチカ』を学ぶ)でも告白したように、現在の推しは、東京工業大学の國分功一郎先生だ。

そう言えば、2018年にテレビ朝日で放送された連続ドラマ、『おっさんずラブ』(Ossan’s Love、以降『OL』と略す)にも、知的な眼鏡の男がいる。

彼の名は、武川政宗

武川政宗は、天空不動産東京第二営業所の主任で、主人公・春田創一(田中圭)の上司。政宗は、部長の黒澤武蔵(吉田鋼太郎)を支える、冷静沈着な常識人。だが、物語が進むにつれて、春田の後輩・牧凌太(林遣都)との、意外な過去が明らかになる。

武川政宗を演じるのは、眞島秀和。眞島秀和は、超絶なスタイルを持つ実力派俳優で、その鋭い眼光から、人類最強のチベスナの異名を取る。

個人的には、OLの俳優陣で、一番付き合いたい中の人である。

OLは、春田・武蔵・牧の三角関係が前面に押し出された作品だが、実は、政宗も非常に重要な役割を果たしている。今回は、この政宗を巡る問題について触れてみたい。

なお、以降の文章では、読者が『おっさんずラブ』(2018年版)の全話をすでに視聴済みであることを前提として書く。そのため、ネタバレは含まれる。

第三の男

OLの序盤で、政宗は、潔癖症だけれども、春田にとって頼りになる上司として描かれる。だが、3話から、徐々に不穏な出来事が起き始め、4話「第三の男」で、遂にその真実が明かされる。

鈍感な春田は全く気付かなかったが、実は、政宗は牧の元彼だった。

つまり、天空不動産東京第二営業所では、春田・武蔵・牧・政宗の四角関係が成立しているということになる。まさに修羅場としか言いようがない。

同じ職場で何も文句を言わずに働いている、相原さんと長濱さんは、本当に偉いと思う。

他者の欲望

4話、「わんだほう」の閉店パーティーで、政宗と牧が「手を繋ぐ」場面を目撃した春田。帰宅後、春田は洗面所の鏡の前で、激しく動揺する自分自身に戸惑う。

この場面が隠喩として描くように、春田にとって、政宗は「鏡」のような存在だと言える。春田は、自らの内にある、牧への形にならない想いを、政宗を通じて「視る」ことができるようになった。

4話ラストの「バックハグ」も、政宗の存在なしには、実現し得なかった。

不完全な視点

政宗と牧の関係性は、春田の「不完全な視点」によって、途切れ途切れにしか描写されない。そのため、解釈が非常に難しい。

2話。冒頭で、牧は春田に「今日はちょっと本社に寄って、帰りが遅い」と告げる。この発言は事実なのか。この回では、武蔵が本社に訪れているが、牧と遭遇している様子はない。牧は実際には、政宗と接触し、そこで春田の「男子校のノリ」発言を耳にしたのか?

3話。「わんだほう」でのお疲れ会で、春田と牧の「ルームシェア」を知った政宗。彼は、牧を外に呼び出して「説明になってないだろ!」と激昂する。春田が目撃する直前、この二人は何を話し合っていたのか?

続いて、牧による「マジ、デリカシー」の場面。春田が政宗に相談したことが、なぜ牧をここまで苛立たせるのか?

ドラマ放送中に行われたこの対談を読んでも、眞島秀和と林遣都の二人に、具体的な情報は与えられていないことが判る。

受容理論では、作品の中で語られない、飛び地のような箇所を「空所」と呼ぶ。空所は、物語の内側に開いた空洞のように、私たちから想像力を抽き出してゆく。

OLを観る視聴者は、知らず識らずのうちに、この物語の創造に関与している。

現代文学理論 テクスト・読み・世界

曖昧な記憶

5話で政宗は、「あいつは俺に惚れて、ウチの会社に入ってきたんだ」と春田に告げ、牧との出会いについて語り出す。

私たちは、この語りの信頼性を問うこともできる。

政宗の回想の中に現れる、学生時代の牧は、現在の人物像とは、かなり異なるように見える。これは、政宗の解釈が影響した描写である可能性がある。

政宗は牧と別れた理由として「生活のすれ違いが原因だった」と述べているが、牧との認識は一致しているのだろうか?

ここで思い出されるのは2話、武蔵が春田に、10年前の記憶を語る場面。

「あの時、お前が俺を、シンデレラにしたんだ」と告白する武蔵。しかし、春田にはそのような認識はなく、二人の感情はすれ違う。

武蔵と政宗、それぞれの回想。その真実は、がなければ視えない。

武牧論争

私は、ツイッターのタイムラインを眺めながら、OL民(OLの熱心なファンをこう呼ぶ)の間に、政宗と牧の関係性を巡る、解釈の違いがあることに気が付いた。そして、その議論を「武牧論争」と(勝手に)命名した。

「武牧論争」における立場は、牧が春田と並行して政宗への想いに揺れているという継続派と、牧の政宗への想いはすでに途切れているという断絶派に大きく分かれていた。

奇妙な空白

2話と3話の間には「奇妙な空白」とも呼べる期間が存在している。

夜の公園で春田と牧が別れてから、営業所での会話が描かれるまでの間、何が起きていたのか、映像では明確ではない。

継続派の解釈として、「牧凌太は夜の公園で春田創一と別れた後、武川政宗と会っている」というものがあった。

私は過去に、この点について、ツイッターのアンケート機能を利用して、OL民に質問したことがある。

回答結果は、以下の通り。(総票数:324票)

  • 牧は政宗と会っている / 32%
  • 牧は政宗と会っていない / 68%

おっさんずラブ シナリオブック』では、脚本を担当した徳尾浩司さんが、「おでこキスのあとは、牧は春田の自宅に戻ったというつもりです。」と記している。

だが、放送終了後、少なくない視聴者が、公式的な見解とは異なる全体像を、遡及的に創造したという点は重要である。

世界の複数性

徳尾浩司さんの脚本家としての原点が、SF(サイエンス・フィクション)にあることは、着目に値する。OLでは、現実世界の東京と良く似ている、もう一つの「東京」が描かれる。

また、2016年に放送された単発版では、武蔵のライバルとして、牧凌太ではなく、長谷川幸也(ハセ)が登場していた。単発版は、連続ドラマ版の並行世界(パラレルワールド)だと言える。

春田とハセの恋は、単発版で拓かれた世界で、そのまま継続している。

連続ドラマ版を視聴したOL民の一部は、政宗と牧がどこかで再度結ばれるという、復縁論を提唱した。これは、「春田創一の物語」に、抵抗的な解釈とも言える。

政宗と牧が復縁することは、あり得るのか?あり得ないのか?私はこの点についても、ツイッターで意見を募った。

回答結果は、以下の通り。(総票数:155票)

  • 物語世界で復縁する / 3%
  • 並行世界で復縁する / 34%
  • どの世界でも復縁しない / 63%

「もし牧が春田と出会っていなければ」という、反事実的な仮想から、複数の世界が生まれている。

物語の主旋律である、春田と牧の「ピュアなラブストーリー」を、どのように解釈するかは、各自の判断に委ねられている。OLが私たちの心に映し出す像は、決して一つではない。

新たな地平

OLは、さまざまな角度からの鑑賞に耐えうる、奥行きを持っている。だから、何度観ても、新たな発見がある。

2019年2月現在、OLの続編については、詳細が明らかにされておらず、さまざまな憶測を呼んでいる。だが、私は、どのような物語が描かれても、目を逸らさないでいたい。

政宗と牧が共にいる世界がどこかにあるように、そこには、自分にしか視えないものがある。

私は、そう、思っている。







3 件のコメント

  • 大変興味深く拝読いたしました。
    ヤシオさんの論理的にOLを語る文章、とても好きです。
    私も2話の「冗談ですよ」のくだりで男子校のノリが
    牧の口から出てくることに?が浮かんでいました。
    確かに本社で武川さんとの接触があったとしたら、
    ストンとはまる気がします。
    「空所」埋めを楽しみながら夏までを乗り切ります。
    また、OLワールドでは2019年2月は春田と牧が普通の先輩後輩として過ごしている時期。その間の武牧の関係性などを想像しつつ。

  • 晞さん;
    コメントありがとうございます。政宗と牧の二人の関係性については、色々な立場があって、面白いと思います。観ている人の恋愛観が反映されているというか。

    そう、今はちょうどあの1年間の真っ最中なんですよね。私も過去に同じ職場の人と付き合っていた時期があるので、他人事とは思えなかったです……。

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