トランスニストリアの糸鋸と空想のアーグルトン

atlas

遠回りな発想

ツイッターで、「Googleマップの表示がおかしくなった」という問題が話題になっていた。

報道では、Googleが、地図情報企業ゼンリンとの契約を終了し、自社のデータを使用し始めたのが原因だと推測されている。

「Googleマップが劣化した」不満の声が相次ぐ ゼンリンとの契約解除で日本地図データを自社製に変更か

私も、日常生活で、Googleマップを頻繁に活用している。そのため、誤った情報が提供されるのは、正直困る。

だが、そもそも地図に「一なる真実」は存在するのだろうか。正確な情報を積み重ねてゆけば、そこに「完全なる地図」は生まれるのだろうか。

そんな遠回りな発想から、物事を考えてみるのも、良いかもしれない。

空想の街

今からちょうど10年前にも、Googleマップに関して話題になった事象がある。

イギリスのランカシャー州に表示された「アーグルトン(Argleton)」という街が、現実世界には存在していなかった、というものだ。

Googleマップに表示されたその街を不審に思った地元民が、実際にその場所を訪れたところ、そこには何も無かった。

argleton

「アーグルトン」の風景(Wikipediaより)

だが、Googleは、その地図を元に、「アーグルトンの求人」や「アーグルトンのレストラン」といった情報をインターネットに提供していた。

この問題はGoogleに報告され、結果「アーグルトン」はGoogleマップから削除された。しかし、ネット上には現在も「アーグルトン」に関する情報が遍在している。

私たちにとって、「アーグルトン」は、存在していないと言えるのだろうか?

不可視の国家

それに対して、Googleマップには全く情報がないものが、現実世界には存在する、という場合もある。その例が、「沿ドニエストル共和国」だ。

沿ドニエストル共和国は、ウクライナとモルドバの間を流れるドニエストル川東岸の「トランスニストリア」という地域にある。

この国は国際的に主権国家として承認されていないため、Googleマップでは「モルドバ共和国」の一部となっている。だが、実際には、モルドバの実効支配は及んでいない。

transnistria

沿ドニエストル共和国の位置(Wikipediaより)

私は、昨年まで、この国の情報を全く知らなかった。たまたま閲覧したウェブサイトで、この国に旅行で訪れた人の記事を読み、トランスニストリアの歴史を学んだ。

私たちにとって、「沿ドニエストル共和国」は、存在していると言えるのだろうか?

架空の地図

私は、子供の頃、よく架空の地図を描いて遊んでいた。使わなくなったカレンダーの裏に、想像の世界を自由に創り上げていた。それは、時間が過ぎるのを忘れるほど楽しかった。

そんなことをしている人間は、自分だけだと思っていた。しかし、大人になってから、同じ経験を持つ人々が、沢山存在することを知った。

最も有名なのは、空想都市「中村市(なごむらし)」の地図を製作している、今和泉隆行(地理人)さんだろう。

「空想都市へ行こう!」に掲載された、中村市の地図は、一見しただけでは実在のものとしか思えない緻密さを持っている。

私は実際に参加したことはないが、愛好者が集まるイベントも、開催されているようだ。

「地図感覚」から都市を読み解く 新しい地図の読み方 [ 今和泉隆行 ]

created by Rinker

私たちが生み出す架空の地図は、何を指し示しているのだろうか?

地図の快楽

高舛ナヲキさんの漫画、『ジグソークーソー 空想地図研究会』は、私たちに、地図の謎を読み解く快楽について教えてくれる。

県立東鹿塚高校に通う一年生「筆頭」の男子高生「杜子ダイチ」が、地図を愛する「塔元チリエ」の力を借りながら、自身の記憶の在り処を辿る、ミステリー。

ジグソークーソー空想地図研究会(1) (バーズコミックス) [ 高舛ナヲキ ]

created by Rinker

一見、無機質な情報の集合にしか見えない地図。けれど、そこには、都市が形成された歴史が堆積している。

人の記憶は遡って 三歳ごろから はじまるらしい
けどもちろん それより前から この世界はあって
記憶や思い出が 断片的な物 だったとしても
傍にいた誰かの 気持ちと つながって できている
きっとそのつながりは つぎはぎだらけだから どこかに跡が残るんだ
(高舛ナヲキ 『ジグソークーソー 空想地図研究会 (1)』)

駅と駅の間

私は東京の街を歩くのが好きだ。

駅と駅の間を流れる、名前も知らない道。

そこを歩いていると、私はなぜか、自分の居場所を見つけたような気分になれる。

その姿を遠くから見た人は、私の存在を認めることができるだろうか。

スマートフォンでGoogleマップを眺めながら、私はなぜか、そんなことを想像する。







Leave a comment