衝撃の再演
昨年の9月、スマートフォンの画面を何気なく眺めていた自分の目に、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
📣2021年1・2月、ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』の上演が決定しました!!
公演ホームページとtwitterがOPENしましたので、是非チェックしてみて下さい😊❣️
公演HP➡️https://t.co/amFs1lcYWo
公演twitter➡️ @poe_musical pic.twitter.com/XVollA1ExV— 梅田芸術劇場 (@umegei_jp) September 4, 2020
あの『ポーの一族』が再演。
今更説明するまでもないことだが、『ポーの一族』は、漫画家・萩尾望都が描いた名作を、宝塚歌劇団の演出家・小池修一郎が舞台化した作品。
構想から30年以上の時間を掛けて実現したこの舞台では、花組トップスター(当時)の明日海りおが、主人公のエドガー・ポーツネルを演じ、その幻想的な世界観が、宝塚ファンのみならず、多くの人々を虜にした。
その『ポーの一族』が、梅田芸術劇場制作で再演される。これは大きな驚きだった。
この世界でエドガーを演じられるのは、萩尾先生が唯一認めた、明日海りおだけ。その彼女が宝塚歌劇団を卒業した後は、再び観られる可能性はないと感じていたからだ。
だからこそ、このニュースは、自分にとって単純に喜びしかもたらさなかった。
そう、その後、次なる情報が公開されるまでは。
驚愕のキャスト
後日、『ポーの一族』の追加キャストが発表された。
作品の二番手となる14歳の少年、アラン・トワイライト。彼を演じるのが、なんとあの、千葉雄大だった。
\キャスト発表📣/
ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』
アラン・トワイライト役に千葉雄大さんの出演が決定しました‼️来年1月大阪、2月東京で上演✨
どうぞご期待下さい😊https://t.co/UVwAuMGhRD#千葉雄大 #ポーの一族 pic.twitter.com/m3yn1SjSk1— ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』《2/13・大千秋楽28配信も🎥》 (@poe_musical) September 16, 2020
これには正直、驚愕した。
宝塚版でアランを演じたのは、現花組トップスターの柚香光である。
柚香光は、宝塚音楽学校在籍時から、その圧倒的な存在感で注目を集め、瞬く間に頂点の座へと昇りつめたタカラジェンヌ。
宝塚版では、柚香アランのビジュアルが、まるで二次元の世界から抜け出してきたようだと絶賛されていた。
その重要な役を、ミュージカル初挑戦の千葉雄大が務める。これは完全に想定外だった。
過去にも記した通り、私は彼の一ファンである。そして、宝塚歌劇の一ファンでもある。そのため、この報せに、初めは、頭の中がしばらく混乱していたと思う。
宝塚を長年観劇しつづけている人々は、舞台を観る目、聴く耳が肥えている。作品の質や役者の芸に対しては、ときに厳しい評価を下すこともある。
その前に立つことを、千葉雄大は、恐ろしいと思わなかったのだろうか。これは純粋な疑問だった。
失うものは何もない
その疑問に対する回答が示されたのが、明日海りお、小池修一郎と共に行われたインタビューだった。
孤高のきらめきとツンデレ 明日海りお×千葉雄大×小池修一郎(演出)『ポーの一族』インタビュー #ミュージカル #ポーの一族 #明日海りお #千葉雄大 #小池修一郎 https://t.co/4XYILs51fb pic.twitter.com/5NpbD8auTl
— SPICE[舞台情報メディア]/e+ (@spice_stage) October 24, 2020
この中で、千葉雄大は「失うものは何もない」と述べた。
そんなまさか、である。滅茶苦茶あるに決まっている。
彼には、これまで映像畑で培ってきた経験がある。数多くの作品で主演も務めている。
未経験のミュージカルでひとたび失敗すれば、今後のキャリアに影が差す可能性は否定できない。客観的に考えれば、ここであえて危険を冒す必要は全くない。
でも。気持ちを少しだけ落ち着けた後、私は過去の記憶を呼び起こした。
それは、2019年冬に放映されたドラマ、『おっさんずラブ-in the sky-』における出来事である。
この作品で、千葉雄大は、副操縦士の成瀬竜を演じた。
過去の記事(新たな恋が離陸する、その前に。【おっさんずラブ-in the sky-】)で詳述したように、この『in the sky』に対しては、視聴者から少なからぬ反発が寄せられていたことは間違いない。
その状況を理解したうえで、彼は、春田創一役の田中圭率いるOLチームの一員に加わり、成瀬竜を全力で演じきった。
そう。彼はこういう人だった。相当のリスクを背負ったうえで、新しい世界へ次々と飛び込んでゆく。私は、彼のそのような姿勢に惹かれてきたのだった。
私は、彼の意図を理解できていなかったことに気づいた。そして、彼を信じ、その日が来るのを、ただ待つことに決めた。
初日の幕
『ポーの一族』は、大阪・梅田芸術劇場で、初日の幕を開けた。
私も本当は現地で観劇する予定だったが、緊急事態宣言の発動により、控えざるを得なかった。
当初、私は、観客が舞台にどのような評価を下すのか、ずっと不安に思っていた。
だが、ネットに次々と寄せられていった感想に、思わず胸が熱くなった。特に、吉本ばななさんが残した言葉は、私の心に深く響いた。
千葉雄大さんが大好きなのですが、彼の演じるアランには、アランだけが持っている大切で切実な何かがちゃんとあった気がします。ば#ポーの一族 pic.twitter.com/bhuzVoaAK5
— 吉本ばなな (@y_banana) January 13, 2021
私は、千葉アランを目にする日を待ちきれなく感じた。
魂の欠片
私が『ポーの一族』を初めて観劇できたのは、1月16日のライブ配信。
いざ公演が開始し、オープニングで、エドガーとアランが初めて肩を並べたときには、思わず身震いしてしまった。自宅でひとり、「ばーちー、かっこいいよ!」と喝采を挙げた。
この日の千葉雄大は、私の期待を超えてきた。あの明日海りおの横に立ちながら、対等に、彼独自の魅力を放っている。これは驚異的なことだ。
明日海りおは、宝塚歌劇団で、長年に亘ってスターの座を駆け抜けてきた人。月組では前代未聞の「準トップ」という肩書を与えられ、花組でトップに就任した後は、「トップオブトップ」と称される存在にまで成長した。
その彼女が男役の集大成として完成させたのが、エドガーだ。
薔薇を摘んだ指先が描く弧や、瞳の微かな揺れ動きまで、演技が完璧に創り上げられている。そのエドガーの前では、誰しも、存在が霞んでしまってもおかしくない。
だが、千葉アランには、吉本ばななさんが仰っていた「アランだけが持っている大切で切実で何か」が、確かにあった。
もちろん、歌唱や身体表現に、伸びしろを感じ取ったのは事実だけれど、この魂の欠片のようなものだけは、技術を積み重ねても必ず得られるとは限らない。それを発見できたことが、とても貴重だった。
飛躍的な進化
その後、私は、東京国際フォーラムホールCで行われた、東京公演を観劇する機会に恵まれた。
ここでは、千葉雄大が成し遂げる人であることを再確認した。すべての面で、大阪公演から飛躍的に進化していた。
特に目の芝居。バンパネラになる前と後とで、表情が完全に違う。あれほど潤んでいた瞳が、瞬きさえ失くしていた。その変化だけで、アランが時を越えたことを伝えきっていた。
もともと勘の良い人ではあるが、成長の速度が凄まじい。実際の舞台に立つことで、観客の反応から多くを吸収したのではないだろうか。
役を創る
一宝塚ファンとして、千葉アランが成功した最大の要因を冷静に分析するならば、それは映像畑で10年培ってきたビジュアル力だろう。
小池先生が指摘していたとおり、30代の役者がアランを演じることは、一歩誤れば「色物」に成りかねない。その懸念を、舞台の上で完全に払拭してみせた。
そしてそこに、高い演技力が加わっている。金髪翠眼に違和感を覚えさせないのもそうだが、舞台上で14歳の少年として成立できるのは、並大抵のことではない。
よく見れば、体型は成人男性のそれなのに、声と表情で、彼がアランだと観客に信じさせる力がある。
千葉雄大のアランが魅力的に見えるのは、彼が「役を創る」能力に長けているためだ。
柚香光は、周囲の環境への反抗心に溢れるアランを、持ち前の華を生かして演じていた。それに対し、千葉雄大は、アランの無垢な純真さを、自然に抽き出していた。
母・レイチェルからの愛に飢え、メリーベルへの恋に焦がれるひとりの少年が、そこにいた。千葉雄大は、柚香光とは全く異なる切り口から、「アラン・トワイライト」という少年の像を描き出していた。
これは、正直驚きだったが、彼の俳優としての経験値が活かされたと思う。
原作を正確に解釈したうえで、自身の個性と有機的に融合させている。その結果、千葉雄大にしか表現できないアランが見事に生まれていた。
そして大千秋楽へ
『ポーの一族』は、2月28日の名古屋公演で大千秋楽を迎える。その様子は、ライブ配信とライブ・ビューイングで誰でも楽しめる予定だ。
作品自体に関しては、すでに沢山の人々が感想を共有しているが、言うまでもなく素晴らしい。
今回の再演を逃せば、次にいつ『ポーの一族』を観られるかは、全く判らない。
時間が許せば、ぜひ、その舞台を直に目にしてほしいと思う。
止まない挑戦
最後になるが、千葉雄大は、ミキモトの「僕とパールの秘密。」のインタビューで、このように発言している。
楽しむことを大事にしています。緊張しないようにするのではなく、緊張したら緊張とどう付き合うかを考えるのが僕のスタイルです。ステージに上がったら、「ミュージカルは初めてです」なんていうのは関係ないし、言い訳にもなりません。だれにだって初めてのことはあるので、そこで怖がっていたら小さな人間になってしまう。だから失敗してもいい、その時の100%の力で取り組めば後悔はしないと思っています。
彼がプロフェッショナルな俳優として成長を止めない理由が、ここにある。
私も、普段の生活の中で、なにかと言い訳をつけて、どうしても守りに入ってしまうことが多い。そんな自分の姿勢を、すっと反省させてしまう言葉だった。
千葉雄大という俳優を応援することは、ときにスリリングだが、やはり面白い。
今年、デビュー11周年を迎えた彼の挑戦を、私は陰ながらずっと見守りつづけたいと思う。
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