彼の瞳は、時を越える。千葉雄大とアラン・トワイライト【ポーの一族】

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衝撃の再演

昨年の9月、スマートフォンの画面を何気なく眺めていた自分の目に、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

あの『ポーの一族』が再演。

今更説明するまでもないことだが、『ポーの一族』は、漫画家・萩尾望都が描いた名作を、宝塚歌劇団の演出家・小池修一郎が舞台化した作品。

構想から30年以上の時間を掛けて実現したこの舞台では、花組トップスター(当時)の明日海りおが、主人公のエドガー・ポーツネルを演じ、その幻想的な世界観が、宝塚ファンのみならず、多くの人々を虜にした。

その『ポーの一族』が、梅田芸術劇場制作で再演される。これは大きな驚きだった。

この世界でエドガーを演じられるのは、萩尾先生が唯一認めた、明日海りおだけ。その彼女が宝塚歌劇団を卒業した後は、再び観られる可能性はないと感じていたからだ。

だからこそ、このニュースは、自分にとって単純に喜びしかもたらさなかった。

そう、その後、次なる情報が公開されるまでは。

驚愕のキャスト

後日、『ポーの一族』の追加キャストが発表された。

作品の二番手となる14歳の少年、アラン・トワイライト。彼を演じるのが、なんとあの、千葉雄大だった。

これには正直、驚愕した。

宝塚版でアランを演じたのは、現花組トップスターの柚香光である。

柚香光は、宝塚音楽学校在籍時から、その圧倒的な存在感で注目を集め、瞬く間に頂点の座へと昇りつめたタカラジェンヌ。

宝塚版では、柚香アランのビジュアルが、まるで二次元の世界から抜け出してきたようだと絶賛されていた。

その重要な役を、ミュージカル初挑戦の千葉雄大が務める。これは完全に想定外だった。

過去にも記した通り、私は彼の一ファンである。そして、宝塚歌劇の一ファンでもある。そのため、この報せに、初めは、頭の中がしばらく混乱していたと思う。

宝塚を長年観劇しつづけている人々は、舞台を観る目、聴く耳が肥えている。作品の質や役者の芸に対しては、ときに厳しい評価を下すこともある。

その前に立つことを、千葉雄大は、恐ろしいと思わなかったのだろうか。これは純粋な疑問だった。

失うものは何もない

その疑問に対する回答が示されたのが、明日海りお、小池修一郎と共に行われたインタビューだった。

この中で、千葉雄大は「失うものは何もない」と述べた。

そんなまさか、である。滅茶苦茶あるに決まっている。

彼には、これまで映像畑で培ってきた経験がある。数多くの作品で主演も務めている。

未経験のミュージカルでひとたび失敗すれば、今後のキャリアに影が差す可能性は否定できない。客観的に考えれば、ここであえて危険を冒す必要は全くない。

でも。気持ちを少しだけ落ち着けた後、私は過去の記憶を呼び起こした。

それは、2019年冬に放映されたドラマ、『おっさんずラブ-in the sky-』における出来事である。

この作品で、千葉雄大は、副操縦士の成瀬竜を演じた。

過去の記事(新たな恋が離陸する、その前に。【おっさんずラブ-in the sky-】)で詳述したように、この『in the sky』に対しては、視聴者から少なからぬ反発が寄せられていたことは間違いない。

その状況を理解したうえで、彼は、春田創一役の田中圭率いるOLチームの一員に加わり、成瀬竜を全力で演じきった。

そう。彼はこういう人だった。相当のリスクを背負ったうえで、新しい世界へ次々と飛び込んでゆく。私は、彼のそのような姿勢に惹かれてきたのだった。

私は、彼の意図を理解できていなかったことに気づいた。そして、彼を信じ、その日が来るのを、ただ待つことに決めた。

初日の幕

『ポーの一族』は、大阪・梅田芸術劇場で、初日の幕を開けた。

私も本当は現地で観劇する予定だったが、緊急事態宣言の発動により、控えざるを得なかった。

当初、私は、観客が舞台にどのような評価を下すのか、ずっと不安に思っていた。

だが、ネットに次々と寄せられていった感想に、思わず胸が熱くなった。特に、吉本ばななさんが残した言葉は、私の心に深く響いた。

私は、千葉アランを目にする日を待ちきれなく感じた。

魂の欠片

私が『ポーの一族』を初めて観劇できたのは、1月16日のライブ配信。

いざ公演が開始し、オープニングで、エドガーとアランが初めて肩を並べたときには、思わず身震いしてしまった。自宅でひとり、「ばーちー、かっこいいよ!」と喝采を挙げた。

この日の千葉雄大は、私の期待を超えてきた。あの明日海りおの横に立ちながら、対等に、彼独自の魅力を放っている。これは驚異的なことだ。

明日海りおは、宝塚歌劇団で、長年に亘ってスターの座を駆け抜けてきた人。月組では前代未聞の「準トップ」という肩書を与えられ、花組でトップに就任した後は、「トップオブトップ」と称される存在にまで成長した。

その彼女が男役の集大成として完成させたのが、エドガーだ。

薔薇を摘んだ指先が描く弧や、瞳の微かな揺れ動きまで、演技が完璧に創り上げられている。そのエドガーの前では、誰しも、存在が霞んでしまってもおかしくない。

だが、千葉アランには、吉本ばななさんが仰っていた「アランだけが持っている大切で切実で何か」が、確かにあった。

もちろん、歌唱や身体表現に、伸びしろを感じ取ったのは事実だけれど、この魂の欠片のようなものだけは、技術を積み重ねても必ず得られるとは限らない。それを発見できたことが、とても貴重だった。

飛躍的な進化

その後、私は、東京国際フォーラムホールCで行われた、東京公演を観劇する機会に恵まれた。

ここでは、千葉雄大が成し遂げる人であることを再確認した。すべての面で、大阪公演から飛躍的に進化していた。

特に目の芝居。バンパネラになる前と後とで、表情が完全に違う。あれほど潤んでいた瞳が、瞬きさえ失くしていた。その変化だけで、アランが時を越えたことを伝えきっていた。

もともと勘の良い人ではあるが、成長の速度が凄まじい。実際の舞台に立つことで、観客の反応から多くを吸収したのではないだろうか。

役を創る

一宝塚ファンとして、千葉アランが成功した最大の要因を冷静に分析するならば、それは映像畑で10年培ってきたビジュアル力だろう。

小池先生が指摘していたとおり、30代の役者がアランを演じることは、一歩誤れば「色物」に成りかねない。その懸念を、舞台の上で完全に払拭してみせた。

そしてそこに、高い演技力が加わっている。金髪翠眼に違和感を覚えさせないのもそうだが、舞台上で14歳の少年として成立できるのは、並大抵のことではない。

よく見れば、体型は成人男性のそれなのに、声と表情で、彼がアランだと観客に信じさせる力がある。

千葉雄大のアランが魅力的に見えるのは、彼が「役を創る」能力に長けているためだ。

柚香光は、周囲の環境への反抗心に溢れるアランを、持ち前の華を生かして演じていた。それに対し、千葉雄大は、アランの無垢な純真さを、自然に抽き出していた。

母・レイチェルからの愛に飢え、メリーベルへの恋に焦がれるひとりの少年が、そこにいた。千葉雄大は、柚香光とは全く異なる切り口から、「アラン・トワイライト」という少年の像を描き出していた。

これは、正直驚きだったが、彼の俳優としての経験値が活かされたと思う。

原作を正確に解釈したうえで、自身の個性と有機的に融合させている。その結果、千葉雄大にしか表現できないアランが見事に生まれていた。

そして大千秋楽へ

『ポーの一族』は、2月28日の名古屋公演で大千秋楽を迎える。その様子は、ライブ配信とライブ・ビューイングで誰でも楽しめる予定だ。

作品自体に関しては、すでに沢山の人々が感想を共有しているが、言うまでもなく素晴らしい。

今回の再演を逃せば、次にいつ『ポーの一族』を観られるかは、全く判らない。

時間が許せば、ぜひ、その舞台を直に目にしてほしいと思う。

止まない挑戦

最後になるが、千葉雄大は、ミキモトの「僕とパールの秘密。」のインタビューで、このように発言している。

楽しむことを大事にしています。緊張しないようにするのではなく、緊張したら緊張とどう付き合うかを考えるのが僕のスタイルです。ステージに上がったら、「ミュージカルは初めてです」なんていうのは関係ないし、言い訳にもなりません。だれにだって初めてのことはあるので、そこで怖がっていたら小さな人間になってしまう。だから失敗してもいい、その時の100%の力で取り組めば後悔はしないと思っています。

 

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彼がプロフェッショナルな俳優として成長を止めない理由が、ここにある。

私も、普段の生活の中で、なにかと言い訳をつけて、どうしても守りに入ってしまうことが多い。そんな自分の姿勢を、すっと反省させてしまう言葉だった。

千葉雄大という俳優を応援することは、ときにスリリングだが、やはり面白い。

今年、デビュー11周年を迎えた彼の挑戦を、私は陰ながらずっと見守りつづけたいと思う。







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