高橋大輔が全日本選手権に帰ってきた
今更かよ。という心の声が聞こえてくるが、取り急ぎ封印して先に向かう。
デー様、こと高橋大輔は、バンクーバー五輪で銅メダルを獲得し、ソチ五輪で6位に入賞した後、惜しまれつつも、2014年に現役引退を表明した。
その後、デー様は、数々のアイスショーで、プロスケーターとして世のファンを愉しませる。
素晴らしい語彙力
フィギュアスケート選手が競技を引退した後にはさまざまな進路があるが、デー様は基本的に氷上で滑っていたと思う。
現役時代のライバルであった織田信成が、その持ち前のトーク力で圧倒的に愛される解説として台頭したのとは、対照的である。
その点、デー様はあまり喋る側に立つことは多くなかった。デー様のウィークポイント、それは語彙力である。
以前、デー様が何かのテレビ番組で食レポを務めているのを観たことがある。その際、デー様の口から漏れ出づる言葉は、あ、これヤバい。マジでヤバい。うわー、ヤバい。というヤバいの指数関数とも言えるヤバさだった、
デー様は、物事のプラス面もマイナス面も、この「ヤバい」の一言でいっぺんに処理する。大物である。
氷上では違う人
念のため申し添えておくが、デー様の氷上での表現力は、他の選手の追随を全く許さない。
私の拙い説明を読むよりも、詳しくはYouTubeなどに転がっている動画を観ていただきたいと思う。
プログラムの中で、ジャンプでもステップでもない単なる「スケーティング」の部分で観衆を沸かせる選手はそういない。
デー様は、鋭敏なリズム感を持ち、メロディを身体全体に浸透させて滑ることができる。ジャンプだけではない、「芸術性」という魅力に溢れている。
だから、デー様は、現役をいったん退いた後も、人気が衰えることがなかったのだ。
いきなり現役復帰
それがいきなり、デー様は去年現役復帰を宣言した。どうして?
色々な憶測が流れたが、デー様本人にも、真実は判っていないのではないだろうか。なぜかはわからないが、あの場に戻りたい。競技をしたい。そんな願いがデー様を衝き動かした。そうとしか思えない。
体力面に不安はあったものの、デー様は無事に地方予選を勝ち抜き、全日本選手権の舞台へ5年振りに帰ってきた。おかえり、デー様。
私はあまり期待を込めすぎないように、でも内心緊張しながら、自宅のテレビでショートプログラム(SP)を観戦した。
美しいスケート
心が震えた。久しぶりに、肌が騒めくような感覚に襲われた。
坂本龍一の儚い音楽に乗せて演技するデー様は、「あの」デー様だったのだ。音楽が響き始めた途端に静まり返る場内。一つ一つの音を細い糸のように織り成すステップ。
SPの結果は、宇野昌磨に次いで2位だった。羽生結弦が怪我で欠場した今回だが、これには本人も大満足だったに違いない。
黒革の手袋から放たれる、闇
フリースケーティング(FS)は、さすがに体力面での疲れがありありと見えた。
でも、私を含めたファンは、それでもいい。とにかく滑ってくれればいい。という気持ちで演技を最後まで観続けていた。と思う。
ステップは見事だった。音楽が切り替わる瞬間に映し出される表情。幾重にも描かれる弧。指先の角度。黒革の手袋から放たれる、闇。
ああ。私はこれが観たかったのだ。ずっと。
コレオシークエンス 5.36点
最終的な結果は、なんと総合でも2位。準優勝である。これにはデー様本人も「ヤバい」と驚いていたが、どちらかというと若手選手たちの調子が良くなかったことが大きい。
試合がすべて終了した後、私は取り急ぎプロトコル(採点表)を見た。なんだこれは。
演技の自由要素である「コレオシークエンス」の点数が5.36点だった。5.36点という点数は、トリプルフリップジャンプの基礎点(5.3点)よりも高い。
コレオシークエンスは、技術的な規定が唯一存在しない要素で、プログラム自体の芸術性を表現する。
デー様のコレオシークエンスに、9人中6人ものジャッジが、加点3(最高点)を付けた。これはヤバい。ヤバかった。
ありがとうジャッジ。ありがとう全日本。私は静かに泣いた。
デー様の来期
デー様は今回の試合結果で、世界選手権に出場する可能性が出たものの、後進に場を譲りたいという意思により辞退。これは好い判断だった。残り少ない時間で、世界選手権までにコンディションを戻すのは至難の業。
デー様は今後の活動について明言は避けているが、とりあえず来期はまだ引退しないようだ。
オフシーズンに調整して、ジャンプやスピンといった技術に磨きをかけたデー様が戻ってきたらどうなるのか。
私としてはただ一言、「ヤバい」とだけ述べることにする。
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