OPEN THE DOOR/牧凌太が、次の扉を開ける時【おっさんずラブ】

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日常と爆破

いよいよ公開が間近に迫ってきた。

『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』である。

思えば劇場版の制作が発表されたのが、2018年12月7日。当時はまだ現実感も薄く、ただ、夢が叶えられた悦びに震えるばかりだった。

だが、今年3月にクランクインし、情報が徐々に表に出てくるに従って、少しずつ、新しい物語の輪郭が浮かび上がってきた。

連続ドラマ版の放送終了後、多くのファンからは、「登場人物たちの日常の風景が観たい」という願望が寄せられた。

しかしながら、その声を真正面から受け止めつつ、公式側が提供した回答は、まさかの「爆破」だった。

これには、私を含む視聴者が皆、度肝を抜かれたと思う。けれど、このように、ファンからの期待を遥かに突き抜けてゆくのが、『おっさんずラブ』の製作陣だったと再認識させられた。

言うまでもないことだが、映画化に際して、新しい層を惹き付ける仕掛けは必要だ。

劇場版では、狸穴迅(沢村一樹)と山田正義(志尊淳)が五角関係に絡む登場人物として加わり、「サウナバトル」のような、キャッチーな場面が多数用意されている。

『ターミネーター』や『ローマの休日』といった、名作へのオマージュも盛り込み、ラブコメディとして、誰もが笑って楽しめる作品になることは間違いない。

だが、私の心の中で気になっていたのは、本作の主人公である春田創一と、牧凌太のその後の関係についてだった。

連続ドラマ版の最終話で、春田は牧にプロポーズし、二人は無事結ばれた。そして、春田が上海に赴任する直前で、物語は終了している。

この後、遠距離恋愛となった二人の間に、どのような変化が生じるのだろうか。

夢と家族

そのような疑問を抱えていた中、劇場版の公式サイトに「プロダクションノート」というページがあるのを発見した。

ここには、連続ドラマ版の大ヒットから、映画が制作されるまでの経緯が記されている。

そこで、劇場版のテーマについて、貴島彩理さん(プロデューサー)と徳尾浩司さん(脚本)が語った内容を読み、私は胸の奥に熱が帯びるのを感じた。

劇場版のテーマは、「夢と家族」だった。

もしかしたら、「地味で当たり前」に聞こえるかもしれないテーマ。だが、私が劇場版に期待していた内容が、完璧に反映されていた。

連続ドラマ版で描き切れなかった世界の続きが、ここに存在する。

そう確信した瞬間、私の目には、思わず涙が溢れた。

ゼロへの接近

過去の記事(牧凌太のまなざしが、その距離をゼロにする【おっさんずラブ】)でもすでに触れたように、私が本作に夢中になった最大の要因は、林遣都が演じる牧凌太だ。

私は、牧に対して、特別な心情を抱いている。物語に没入する中で、彼に対する心の距離は、ゼロへと無限に近づいていく。

彼の身体を通じて、私はこの物語世界を経験する。そのようなことは、生まれて初めてだった。

OPEN THE DOOR

連続ドラマ版における牧の変化は、「扉を開ける」場面を通じて、表現されているように思える。

1話は、サブタイトルである「OPEN THE DOOR!」の言葉通り、牧が扉を開けることが、物語を大きく切り拓いてゆく。

現地販売会の会場で、上司である黒澤武蔵を庇い、鉄筋の下敷きになった春田。春田が運ばれた病院で、牧は看護師の不穏な会話を耳にする。居ても立ってもいられずに、病室の扉を開ける牧。

だが、そこには、傷一つなく、けろっとしている春田の姿があった。人の気も知らずに暢気に佇む春田に、牧は苛立ちを隠せない。

その直後に現れた武蔵を気遣い、春田は、牧に病室から出るよう頼む。眼の前で閉ざされる扉。

ここで牧は、武蔵が春田に対して、尋常ではない想いを抱いていることを知る。

当日、帰宅した春田と牧。春田がシャワーを浴びている間、牧は営業日報に綴られた武蔵の言葉を、密かに目にしてしまう。

春田に呼ばれ、浴室の扉を開ける牧。無防備な春田の姿が映し出された後、思い詰めた牧の表情が続く。その後の展開は、改めて説明するまでもないだろう。

これらの場面では、「行動」→「視覚」→「感情」の順番でイメージが繋がれており、牧の能動性に焦点が当てられている。

先のことを考えずに、上司である武蔵にさえも、勇猛果敢に挑戦する牧。彼の激しい情熱が解放されるのが、1話から2話までの見所にもなっている。

だが、物語の後半では、この演出が変転する。

Coming In/Out

6話。春田と一緒に実家を訪れ、父・芳郎さんへの報告を果たした牧。

その帰り道、春田は幼馴染みである荒井ちずからの電話を受け、居酒屋「わんだほう」へと向かう。

ちずの気持ちを事前に知っていた牧は、春田には同行しないことを決める(この選択が、運命の歯車を大きく狂わせることになる)。

帰宅した牧は、玄関の鍵が締まっていないことに気づく。不審者の侵入を警戒した牧は、なぜか玄関先に置かれていた虫捕り網を手にして、リビングに恐る恐る足を踏み入れる。

そこに居たのは、それまで顔を合わせたことのなかった春田の母、幸枝さんだった。

この場面では、牧が扉を開けた後、視点が家の内部に切り替わり、外側から入り込む牧の姿を捉えている。

誤解を解いた牧は、幸枝さんからの話を聴き続ける。別れ際、幸枝さんが放った「ずっと、創一と友達でいてね」という言葉は、悪意がない故に、余りにも残酷に、心の奥底へと沈んでゆく。

その日、牧は、春田の力を借りて、実家の父親にカミングアウト(Coming Out)することができた。

しかし、幸枝さんと対面したことで、牧は自身が春田の「家」に入る(Coming In)ことの意味に、改めて気付かされてしまう。

自分は、春田とルームシェアをしているだけで、春田の家族にとっては、どこまでも外部の存在でしかない。

このまま春田との関係を続けてゆけば、他にあり得た可能性を確実に消去することになる。

春田とちずの抱擁を偶然目撃し、その重圧に耐え切れなくなった牧は、6話の結末で、春田との別れを決心した。

6話では、牧の受動性に焦点が当てられる。苦悩する牧の心理に同化した私は、最後に牧が感情を爆発させた瞬間、彼との心の距離がゼロになったのを感じた。

鍵を握る

その後、空白の一年を乗り越えて、春田と再度結ばれた牧。

だが、連続ドラマ版では、春田と芳郎さん、牧と幸枝さんの関係が、どうなったかについては明らかにされなかった。

私は、二人が「家族」になる過程が、映画でどのように描かれるかに関心がある。

予告映像では、結婚に対するお互いの認識が擦れ違う場面を確認できる。

連続ドラマ版での春田とちずの会話(7話)からも、物語世界で同性婚は容認されていないことが判る。

春田は牧のために指輪を用意したようだが、法律上は、二人は他人同士でしかない。

それは、たとえパートナーシップ宣言を行ったとしても変わらない。恐らく、牧はその事実を冷静に受け止めているのではないかと思う。

公式SNSでは、春田と芳郎さんが、牧家で何かを談じている場面が公開されている。

初めての訪問時には打ち解け合うことができなかった二人。芳郎さんは現在、父親として何を想うのだろうか。

また、春田とちずの結婚を望んでいた幸枝さん。その彼女が、事実を認めるまでには、時間が掛かるかもしれない。

このように、まだ解けない糸が複雑に絡み合う中、鍵となる役割を果たすのは、牧の母である志乃さんではないかと想像している。

志乃さんは、自身の息子が男性を愛することを以前から理解し、陰で支えていた。

連続ドラマ版では、非常におおらかな性格に見えた志乃さんだけれど、彼女も、最初の内は、複雑な感情を抱えていたのではないだろうか。

当人たちにとって、家族から受け容れられないことは、大変に辛い出来事だ。しかし、私は、志乃さんが、春田と牧を助ける大きな力になると信じている。

エンドロールの先に

上記の内容は、まだ映画を観ていない状態での、私の憶測でしかない。

けれど、その結果を、私は8月23日に知ることになる。

劇場版のテーマは、「夢と家族」だ。プロデューサーの貴島さんが語るように、私たちは誰かのパートナーである前に、一人の人間=個人である。

本社に異動して「Genius7」の一員となり、大型プロジェクトを任された牧。彼は、自身のを追い求めてゆく中で、さまざまな選択を下さなくてはならない。

牧凌太が、次の扉を開ける時、果たしてどのような世界が、彼の瞳に映るのだろうか。

エンドロールの先に待つ最後の瞬間まで、私はスクリーンから目が離せない。







2 件のコメント

  • 予告では、春田と牧の間に色々ありそうですが、春田が牧を愛してるのは多分間違いないし、牧も春田を愛してる。でもマミ様が言ってるように付き合うのと家族になることの間には大きな隔たりがあるはず。ふたりがそれをどう乗り越えていくのか、しっかり見届けようと思います。

  • >江頭 亜由子さん
    コメントありがとうございます。私も、春田と牧が「家族」になる過程には、さまざまな問題があると思います。ただ、あの二人であれば、困難を乗り越えられると信じています。

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